1 人は発したものを受け取る

先日、あるお客様がこんなことをおっしゃっていました。

「本で『思ったことは自分に返ってくる』って読んだんです。だから、悪いことは思わないようにしています。」

思ったことは自分に返ってくる・・・
ただ言葉だけを捉えてしまうと、間違いやすい言葉でもあります。

私は『人は発したものを受け取る』と思っています。
『思ったことが自分に返ってくる』というのとおそらく同じことだと思うのですが、悪いことを思わないようにするというのとは全く違うので、それについて書いてみます。

そらまめ

発したものを受け取るというのは、行動のベースになっている思いが結果として現れてくるという意味です。

例えば、誰かの役に立ちたいと思ったとします。

その思いが、純粋に心の底から出てくるものだけではなく、他の「感謝されたい」「いい人と思われたい」「相手の優位に立ちたい」「居場所が欲しい」などの下心があったとします。

「感謝されたい」という思いがあると、どこかに感謝を求める言葉や態度が表現され、相手は『感謝しなければ』という負担を感じます。
行為としてはありがたいものの、感謝の気持ちが足りなければ責められるように感じ、しだいに大きな負担となり、追い詰められていきます。

こうなるともう、ありがた迷惑でしかなく、感謝の気持ちどころではありません。
度が過ぎると、感謝どころか相手が去って行く結果となります。

そうなれば、その人は去ってしまった相手のことを責めるのでしょうが、自分の蒔いた種(発したもの)を収穫しているに過ぎません。

そらまめ

このように、「いい人と思われたい」という思いがあるということは、『今現在、自分はいい人と思われていないことを知っている』ということですから、そういう下心を持って人の役に立とうとした場合、その行動から得られる結果は「いい人と思われない」になります。

「相手の優位に立ちたい」という思いがあるということは、『今現在、自分は相手の下にいる自覚がある』ということですから、そういう下心を持って人の役に立とうとした場合、その行動から得られる結果は「見下される」になります。

「居場所が欲しい」という思いがあるということは、『今現在、自分は居場所がないと思っている』ということですから、そういう下心を持って人の役に立とうとした場合、その行動から得られる結果は「そこに居場所を得られない」になります。

望む結果を得られる人は、相手のためになりたいという純粋な気持ちのみで行動した人だけ。
相手が負担を抱くことなく、気持ち良く優しさを受け取れます。

自分のためにやっていることなので、相手がそれをこの人がやってくれたのだと知る必要もありません。
「誰がやってくれたかわからないけれどうまくいった。神様ありがとう!」という状況を作ることができます。

そうして、純粋な気持ちで行動した人は、天に貸しを作ります。

一つの行動の下に、どういう気持ちがあるのかで、結果が大きく違ってくるのです。

 

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