ただ見るカウンセリング(R)

 私たちは普段、あるがままを見たり聞いたりしていると思って暮らしていますが、実は見たいものや聞きたいものしか受け取っておらず、さらにそれを湾曲して解釈していたりします。
 つまり、普段の思考は、自分の持つ観念によって歪められた、いわば『偽物の思考』であることがとても多いのです。

 どうしてあるがまま(の状態)を受け取れないのか、どうして思考が歪んでしまうのか、無意識の部分にある変換装置(=観念)の正体を知って、『本物の思考』の方で考えることをしないと、いつまでも偽物の思考に、人生を翻弄されてしまいます。

 どのような思考の変換が起こっているのかを知り、その原因を消していくことで、次第にあるがままを見られるようになり、本物の思考のみで以後の人生を歩んでいけるようになります。

 本物の思考で考えられるようになると、

 ・未来を自分の力で切り開いていけるようになる
 ・何かが起きても解決できるという自信があるため、いつも安心している
  (どんな状況であろうとリラックスしていられるようになる)
 ・感情に振り回されなくなる
 ・幸福感を感じる
 ・自分のことだけでなく、人のことも分かるようになる

 などの変化が起きてきます。

 このプログラムに参加すると、自分の内面とじっくりと向き合うことになりますが、それは、結構しんどいものです。どんな汚い自分も目を逸らさず引き受けていくという覚悟が必要です。

 やがて、あるがままが見えるようになると、ものの見え方や考え方が変わってきます。すると、現在の環境に違和感を感じ始めるようになるでしょう。
 それまで仲の良かった友人が離れていったり、楽しかったことが苦痛になったりすることもあると思います。孤独を感じることもあるかも知れません。

 それでも先に進みたいと思えば、そこで決断を迫られることになります。つまり、今までいた場所から離れるかどうかの選択をしなければならなくなるのです。
 勇気と覚悟がない方には参加をお勧めしません。

 このプログラムから得ていただきたいことは、単なる知識ではなく、現実の世界を生きるための知恵です。机上の勉強ではなく、『実感を伴って』腑に落とすという作業が必要になります。

 このプログラムに参加すると、その人に必要な出来事が自然に起きてくると感じるようになります。
 本来、『出来事』には、その人が必要なことに気がつくためのヒントがたくさん含まれているのですが、意識することで焦点が絞れ、よりクリアにそれを受け取ることができるようになるからです。

 多くの人は出来事はただ偶然に起きているのだと思っているので、なかなかそこから学ぼうとしません。
 発想の転換をして、自分の身に起きる出来事をメッセージだととらえ、そこから何かを学び取れば、その人は最短距離で、目的地に進んで行きます。

 私はそのフォローをしますが、実行していくのはご本人です。

 プログラムの初回は、対面で具体的な要領をご説明します。
 その後はメールコースに進み、ただ見るを続ける上で起きた出来事や感じたこと、気になることなどを書いて送って下さい。
 私はそれに対してお返事をするという形でアドバイスをしていきます。

 半年くらい続けてコツがつかめてきたら、後は自分で進めるようになりますのでメールでのやりとりはやめ、何かが聞きたいことができたときのみ対面でお話をするという方法に切り替えていただければよいかと思います。

 このプログラムを本気で受けてみたいと自分の心が求めているのか熟慮の上(直感ではなく)、お申し込みいただければと思います。

 勇気と覚悟がある方のご参加、お待ちしております。

 

メールカウンセリングについて

  • 出来事や感じたこと、気になることなどをメールしていただき、それに対してお返事をするという対話形式をとります。
  • 基本的に1か月何度メールを送ってくださっても大丈夫ですが、週に1~3回くらいを目安にして下さい。
  • できるだけ簡潔な文章で書いて下さい。
  • 自己紹介的なものは必要ありません。ただ見ると関係のない内容は書いていただいてもスルーします。
  • 仕事の都合ですぐにはお返事できないことがありますので、ご了承下さい。
  • 大変プライベートな内容に触れることも多いです。秘密は厳守します。

 

担当者について

 当店の代表で、プロデューサーの『そら』こと進藤が担当します。
 どういう経緯でこのカウンセリングを始めたのかを知りたい方は、『こちら』をお読み下さい。

 普段お店にいないことが多いので、このメニューをご希望の方は、必ず予約をとって下さい。

 

コースと料金(税込)

 初回レクチャー 30分・・・・5,400円 ※要予約

 以降 30分・・・・5,400円 ※要予約

    60分・・・10,800円 ※要予約

    メールコース(月謝制)・・1ヶ月21,600円

・スピリチュアルでも宗教でもありません。
・具体的な悩み事の解消を、お約束するものではありません。
・依存禁止。

まず初回のレクチャーを受けていただいた後、メールコースで数ヶ月間(3~6ヶ月くらい)しっかり学ぶと、後は自分で進んでいけるようになります。その後は何かあったときのみ、お話ししに来てくださればと思います。

※この頁の内容をしっかりとお読みの上、プログラムにご参加下さい。

※遠方の方でも受けることができますので、お問い合わせ下さい。

※ただ見るカウンセリングは登録商標です。

 

お客様の声

 ぺんぎんさん

ただ見るカウンセリングを始めるに当たり、自分と向き合う覚悟があるのかな? と、最初は迷っていました。

私は、「人はそれぞれ違う考えを持つ」と頭では理解しているつもりなのに、
家族に対して、「自分が思っているように、相手も思っているはず」とどこかで考えているようだ。
「説明をしている」つもりでいるけれど、言い訳のようなときもあり、どうもしっくりこない。
自分で自分に嵌めている枷を外したい。勇気を出して受けることにしました。

初めは何を書いていいのか分からず、思い付いたことを書いていたと思います。
「簡潔に書かなければ」と気負い過ぎて、文章を書いては消し、書いては消し、としているうちに、大事な部分をすっぽりと抜かして、送ってしまったこともあります。
そんなとき、そらさんは「うまく書こうとしていませんか?」と、誘導をしてくださり、できないときは、できないでいいんだ! と安心や信頼の気持ちをもって、進めていくことができました。

返信のメールをいただき、そのときは何となく理解した気になるのですが
頭の中でのみ「分かったつもり」になって、最初の数カ月は、腑に落とすことはできなかったと思います。
一度お休みをして、何カ月間か返信いただいたことを読み返し、その後再開しました。

以前、自分にとってはとても辛いことがあり、いろいろな本を読みあさって、「感情を感じない」ようにすればいいんだ、出来事に感情を入れないで接すれば、辛い気持ちを感じなくて済むのでは、と勝手に思い込み、辛い気持ちの上に分厚く重い蓋をして、何年か過ごしてきました。

文章を送って、そらさんから返信をいただいているうちに、
当時、無理やり押し込めていた感情が、タマネギの皮をむくように、薄紙をはぐように表に出てきて、
「怒っていたのに、いい人になろうとして、ないことにしていた」
「しなくてもいい我慢をしていた」などが浮き彫りになり、読んでいると、指先がしびれたり、すーっと涙がこぼれてきたりしました。

「楽しい、うれしい」はあってもいいけれど、「悲しさや怒り、怖さ」などは心の奥の方に沈み込ませるなんて、自分の都合だけでした。
どの感情も、人間として大切なものなんだ。
楽しいときは楽しくていいし、嫌なときは嫌でいい。
嫌という気持ち=「だめなこと・いけないこと」というレッテルを貼っているのは、ほかでもない自分だった。
ぎゅっと握りしめていた感情を、手のひらを開くように、一つ一つ手放す作業をしているところです。

ただ見るカウンセリングを受けてから、自分を慈しむことと、あらゆるつながりに対して、感謝の気持ちが持てるようになってきました。
貴重な方法を提供していただけることは、とてもありがたいです。
これからも、ただ見るを続けていきたいと思います。


 なめさん

私の場合、カウンセラーとしてのそらちゃんが以前にミクシィで開いていたコミュニティ「幸福感をゲットする」に参加しておりましたので、今回は復習の意味もありました。

再びカウンセリングを受けようとなったのは、十何年かぶりに仕事上のストレスから、うつ病を再発しかけたからになります。

その時に、まずは慌ててさる山さんへ駆け込んで応急処置をしてもらったのですが(笑)、その後もたぶん自分の軸がズレたままだったので、改めてそらまめさんにお世話になって、ちゃんと修正・・・というか、もう一度「本来の自分」について見直してみようとなりました。


カウンセリングの内容は、とても個人的な内容を敢えて最初からそらちゃんにぶつけてみました。

自分でも、問題行動の原因が、私の中にある強すぎる「認められたい」という欲求であるのはわかっていたので、そこを自分で考えた時に、私の中にある、世間一般では「許されない」ような欲求に対して、どう考えればいいのか?ということをそらちゃんに出してみたのです。とても個人的な内容なので、詳細はゴニョニョニョ・・・

前にコミュでも「ただ見る」をやっていたので、そらちゃんからの答えはわかっていました。「ただ見るカウンセリング」の中で、してはいけないことは何もないのです。ただ、それを選択するかしないかだけのことで、その自由は絶対に守られます。

「何をしてもいいのです。」
そう言われ、受け入れられたとき、はじめて自分を責めることなく、「なぜそれをしたいと思うのか?」ということを深く自分の心を見ることが出来るのだと思います。
それをしたいと思う原因は、自分の中にある「認められたい」だということが、私の場合ははっきりとわかりました。

逆もそう。

「~しなければいけない。」
と思い込んでることがあるとして。
そうでなければいけないことは、一つもない。
ということを知った時、人は初めて「どうして、そうしなければならないと思い込んでいたのか?」を、自分の中に「見る」ことが出来るのだと。

ただ見るカウンセリングはそうやって、自分の中の本当の思考を探ってくツールになっているのです。

そうやって、改めて自分がどんなことを考えて日々を過ごしているのかを見ると、とても驚くことがたびたび訪れます。自分を客観視することで、自分の中にあった奥深い「不安」だったり「罪悪感」だったりを、ある瞬間に気付いたりします。

それを一つ取り出しては、クリアに出来るものはクリアにし、そして自分のちっぽけなところを見つけては「ま、いっか。」と許していく。

ま、いっか。
は、とても大事です。

今回のカウンセリングの中で、そらちゃんに、
「視野が狭いですね。」
と、言われたました。

その瞬間、え?それダメなやつじゃないの?と、自分の中で「判断」しようとしました。

いえいえ。判断するのはアウト。物事に良いも悪いないのですから。

そして、言われてみればそうなんだからしょうがないです。
私は自分の方向からしか物事を見ない傾向にありました。相手の立場を考えるってことをしてこなかったのです。そうなんだぁって。

その時は、「視野が狭いってのは、そういう自分を認めるだけなのかな?それとも成長するものなんだろか?」とそらちゃんに質問したところ、

「『私は視野が狭いんだ~、ま、いっか。』です。」
とのことでした。

そ。自分を知って、どんだけちっさい自分でも「ま、いっか。」で受け入れてくのです。
そうやって気付いては一つ、気付いては一つ、受け入れて、癒して、許す。その繰り返しでした。

ただ見るをしてると、どうしても親子関係というものに到達する部分があります。

それは、多かれ少なかれ、親から受けた影響で出来た「観念」と向き合うことがあるからです。

私は、今の対人関係の問題のように思われてた出来事の中に、母親に対するものを思い出したのです。そして、それを通して気づいたのです。
母を嫌っていた自分だけど、やっぱり世間一般に「言われている」ような、仲の良い親子関係を作ってあげられないかったことに対する「罪悪感」。そういうものが小さな子供時代の自分の中にも、あったことを。

それに関しては、以前さる山さんの記事にあったとおり、親子であっても合わない関係というのがあるのだということ。それだけのこと。

それをそらちゃんに改めて言われたことで、自分の中にあった罪悪感がほぐれていくのがわかりました。また一つ、自分を許すことができました。

これを繰り返し繰り返し、自分の中で固く縛られてたものが徐々に解放されると、ふと、自分が「幸せ」だという現実に気付いたのです。

そうなのだ。私は幸せ者なのだ、と。

とても気持ちが楽な場所までやってくることが出来ました。

今まで足りない、足りないと思い込み、人に認められたい・人に受け入れられたい、と思い続けていた自分ですが、ようやっと今の自分のままでの安心感を掴みかけた段階のように思います。

まだ本当のゴールまでは到達してはいないと思いますが、私は「本当の自分で生きる」ことを目標に、これからも自分のことを「ただ見る」生活を続けようと思います。

どんな話でも、そらまめさんはちゃんと受け止めて、本当のことを教えてくれます。すごい人です。

ぜひ、興味のある方は一度カウンセリングを受けるといいですよ(*´▽`*)


 瑞樹さん 

 「ただ見るカウンセリング」に出会ってから8ヶ月が経過しました。途中3ヶ月は1人でやってみた期間があり、そらさんとメールでやりとりしたのは、現在で5ヶ月間になります。

 ただ見るカウンセリングに出会ったのは、夫の事業の失敗、病気、自分の病気と重なって何とか解決したいと、もがいていた時期です「ただ見るカウンセリング」は、「厳しそう」だし、「覚悟がいる」とあって、なかなか決断できず、お店に直接伺って、りえさんにお膳立てしてもらう形でようやく始まりました^^;

 私はいい年をしてプライドが高く、反面、自信がなく、人に好かれようとするために、無理をして「いい人」をやっていたので、「人付き合いはくたびれるもの」でしかありませんでした。また、母との距離感も近すぎて、息苦しく感じていました。

「ただ見る」を始めて間もなく、母に初めてはっきりと自分の本音を言うことができ、母と自分の課題を分けて考えられるようになりました。罪悪感も消え、母との関係はすごく楽になりました。

 「ただ見る」を続けていると、自分の未熟さや嫌なところに気がついて、自分が空っぽのようで情けなくて、一時期は落ち込みました。

 でも、次第に自分を認められるようになって、肩の力も抜け、人の良さもよくわかるようになってきました。人に好かれようとしなくなってきたので、とても楽です。気持ちが安定してきたのを感じます。

 これからも「ただ見る」をずっと続けていきますし、生きていく上で心強いツールになる、と確信しています。

 そらさんは誠実な方で、私にとって、静かに傍らで見守ってくれる家庭教師さんみたいなイメージです。いろいろな課題がありましたが、安心してチャレンジすることができました。

 自分の課題を感じている人、自分を変えたい人には、「ただ見るカウンセリング」を自信をもってお勧めできます。


 のざめさん 

 「ただ見る」では、自分の中で起こる感情を手がかりに、観念を見つけ、それを手放し、その人がその人らしく生きたり、物事をありのまま捉えられるようになるための、トレーニングです。私はそのトレーニングの最中ですが、いま現在の感想を書きます。

 この「ただ見る」をはじめる前、私が把握してる自分というのは、世の中の価値観に適合しようとする自分でした。常識という道からそれることをすごく悪いことのように思っていたので、世の中に合わせてることは良い事としていました。しかし、一方でそれは、時に自分自身の首を締める行為でもあり、窮屈でつまらないと感じたのです。

 私は沢山の観念を持っていて、「~するべき」「~しなければならない」といった具合で、物事を良い悪いで判断して生きてきました。日常の思考にデフォルトとして多数の観念があるため、最初は他人が自分を不快にしていると思っていました。

 「ただ見る」を続けていくと、実際は自分の観念のせいだと気が付かされました。自分の物事の見方にたくさんの癖があることを知れたのです。

 観念を見つけることは難しいし、今までの「当たり前」に疑問を持つことは、今までの自分の生き方に疑問を持つことです。そして観念を手放す作業は、嫌な自分を目の当たりするし、ごまかしがきかないけれど、観念を手放せた分だけ、楽しさや自由もあると思います。そのお手伝いと案内役をそらさんがしてくれます。

 私は躊躇したり、怖がってみたりしながら、そらさんに手を引っ張ってもらっています。その中で、今、私が取組んでいることは「どんな自分でも許す」ということです。

 前提として、「物事に良い悪いはない」ということを腑に落とした上で、自分を非難しようとしたとき、「それも自分だ、良いも悪いもない」と徹底して自分を許しています。そうしていくうちに、自分であることに安心感が生まれました。とても心地の良いものです。

 許すということは、認めることと似ていると思います。拒んだところで本質は変わらないし、認めたくない自分から逃げるから苦しくなるのだと、そらさんに教えてもらいました。

 自分が「私」を認めさえすれば、常識や世間の価値観も、1つの選択肢しに過ぎないと思えるし、実際、私もそう思えるようになってきました。それだけでもすごく自由さを感じるのです。

 まだまだ課題と観念は山積ですが、そういう自分も迎え入れて、観念を手放すトレーニングを続けたいと思います。

 

 モコさん

 ただ見るを半年ほど受けて、その後も「ただ見る」を習慣にするように続けています。?「ただ見る」難しい~、というのが一番最初に感じたことです。(今も難しい。)

 心の中のことだけに、これでいいの?できてるの?どうしたらいいの?わからん~!!進歩してるかどうかも見えない~!!っていうフラストレーションは大きかった/大きい。

 それでも続ける中で、ものの感じ方や見え方が、まえよりうんと楽になった、と思います。

 たとえば、人と話をしてていて、話が弾まなくっても、気まずくなくなりました。また、周りの人の機嫌が悪そうでも、自動的に自分を責めることがなくなりました。

 もともといろいろ考えこむタイプだったから、「新しい視点が増えて、ものの見方が変わることなんて、無いのじゃなかろうか」と疑っていました(きゃー、傲慢(笑))。が、ただ見るカウンセリングの過程で、自分がいかに頭でっかちで、自分の感じていることに全く気付かずに無視しているか、発見することが多かったです。

 頭のなかで、「人間なんていろんな感情を抱えているものだ」、とわかったつもりになっているのと、実際に自分が今、なにを感じているかに気づくのは全然違うのだなぁと。頭のなかでは「約束を忘れることもあるよね」って思っているつもりでも、心の中では「私に価値が無いから気にかけてもらえないのだ~」と思って震えていたりするのを気づくようになりました。

 そらさんに「考えるんじゃなくって、ただ見るんだ」と指摘してもらえて本当によかった。今もまだまだ模索中ですが、少しずつ自分がどんな感情や思いをもっているかを見る習慣がついてきたかな、と思います。

 何気ないイライラをキャッチして、身体や感情に感覚を向けてみると、いろいろ抑えていたものが溢れてきて、号泣、阿鼻叫喚、なんてことも時々あります。その最中は苦しいけれど、抑えてきた感情を感じることができると、その後心身がずっと軽くなる感じがします。

 「観念を手放す」っていう感覚はまだよく分かっていないのですが、自分の深い感情に気づいてあげるだけでも、ものごとの感じられ方が確実に変化していっていると思います。

 「ただ見るカウンセリング」を受けて本当によかったなぁと思っています。