天胡星と天極星の狭間で

現在、夫の父母のことで、わらわらしている我が家(さとうん家)である。
先日、お母さん(義母)の覚悟のことを書いたが、元気そうに見えていたお母さんの容態が急に変わり、病院へ救急搬送された。
 

側にいたお父さん(義父)までも、足腰が立たなくなり、ご近所さんが慌てて夫の携帯に連絡を入れてくれ、救急車を呼んでもらったのだ。
夫は直ぐに病院にかけつけ、翌日私も父母の元に向かった。
 

その晩、お母さんの状態は予断を許さぬ状況になり、夫と父は覚悟を迫られ、夫はそのとき覚悟したと言っていた。
しかし、お母さんは頑張りを見せ、山場を乗り切った。
 

翌日には意識が戻ったが、体は動かず寝返りさえも打てない状態だ。
「肩が痛い」と看護師さんに訴えており、私たち家族には、何の望みも言わなかった。というより、まだ何も考えられない状態だったのかもしれない。
見ている限り、されるまま、なされるがままの状態だった。
 

父母の家では、お母さんの着ていた下着や洋服が山のように積まれており、その前から体調が悪かったのではないかと思うような状態だった。洗濯場にはある臭いが漂っていた。
 

お母さんの着ていたものを下洗いしながら私は思った。
これが老いなのだなぁ、そして今まさに、算命学で言うところの天胡星から天極星への世界へ移動が行われているのだなぁと思ったのだ。
 

天胡星は、病人の世界を現し、身体は言うことがきかず、精神だけが研ぎ澄まされ、過去や未来に思いを馳せるようになる。やがて終わりのときが来ると、身体はそこにただあるだけで、魂は漂い、あの世へ行く旅支度を始める。肉体と霊魂が分離し、それぞれ元いた場所に戻っていくのだ。
 

母は今、何を思っているのだろう。
自分のことについての覚悟は出来ていると言っていたけれど、お父さんのことについては、あれこれと想像しているかもしれない。
 

私たち夫婦もご近所さんも、お父さんのことを心配していたが、息子である夫が、お父さんにカツを入れると、ハッとしたかのように顔の表情が変わり、声にも張りが出て来たのだ。
 

そうだ、きっとお母さんもベッド上で、「あなた、しっかりして!」とテレパシーを送っているに違いない。(九州生まれのお母さんは、めちゃくちゃ気丈w)
 

ライン梅

一昨日と昨日と、急遽お店を閉めることとなり、すみませんでした。
まだ、母の容態が安定せず、万が一のこともあるかと思いますが、これからも変わらぬご愛顧のほど、よろしくお願いいたします。
 

ブログランキングに参加しています

  • 一日一回、応援クリックしていただけると、励みになります。
にほんブログ村 にほんブログ村へ

算命学格法の事例研究にご協力お願いします

  • 1940(昭和15)年4月7日
  • 1945(昭和20)年9月13日
  • 1962(昭和37)年3月5日
  • 1978(昭和53)年6月25日
  • 1983(昭和58)年12月1日
  • 1989(平成元)年5月9日
  • 1994(平成6)年10月15日

 以上の生年月日の方は、ぜひご協力下さい!
 詳細はこちらをご覧下さい。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

コメント

お名前

ウェブサイトURL