私(さとう)は、小学二年生のときに、担任の教師からいじめを受けたことがあります。
やってもいないことを犯人呼ばわりされ、教室の前や廊下に立たされることは日常茶飯事でした。(耳が痛くなるほど怒鳴れてもいました。)
なんせ、小学二年生なので先生に反抗することも出来ず、ただただ苦しい1年間を過ごしました。
当時、親や一緒に暮らしていた祖母に助けを求めたかどうかは覚えていませんが、教師からいじめを受けていることは知っていたと、後から母親から聞きました。
転校させようかどうしようかという話もあったそうですが、大人達は私に我慢をさせたようです。(その時期、私は天冲殺年であり、親や祖母がとった方法は正解でした)
理由を聞いて絶句!
後に、教師のいじめの原因を知ることになるのですが、その話を聞いたときには、「ウソでしょ!?」という驚きというか、絶句というか何というか、私が可哀想すぎて仕方がありませんでした。
原因は祖母にありました。
まぁ、その教師の逆恨みなのですが、私の叔父(父の兄弟)が小学生だったころの担任が、実はその教師だったのです。
祖母とその教師の間で、いざこざがあったそうなのです。
私の想像なのですが、叔父は今でいう発達障害を持っており、多分そのことで気の強い祖母は、学校に談判でもしたのでは無いかと思います。
その教師もかなりのヒステリーだったので、祖母への恨みは忘れなかったのでしょう。
何十年も経った後に、その教師の目の前に私が現れたのです。
積年の恨みを孫の私で晴らそうと思ったのかも知れません。
いや~、あの時の私は地獄のような日々を送っていました。
地獄から天国へ
次の年も同じ先生だったら、もう生きていけないとさえ思っていましたが、天冲殺が明けた翌年は、新任の若い先生が担任になり、怒りはするけれどとても優しい先生でした。
その1年間はとっても幸せでした。
幸せが感じられたのも、あの地獄のような日々があったからで、小学生にして天国と地獄を味わうってのも、何だかな~という感じですが、後にも先にもあんな地獄を経験することは無かったので、ま、いっか!
あの時、もしも母や祖母が直接、私を救おうと転校などさせていたら、その幸せは味わえず、苦しみは長引いていたかも知れません。(天冲殺の禍が引き続き起こることになります)
しかし、祖母の代で起きた出来事が原因で孫に報いが来るとは、まるで時代劇のようですよね。
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