人生には人それぞれ様々な目標地点があると思います。
その中で、私がイマイチ理解できない目標は、『悟り』を目指すというものです。
仙人のように山に籠もって人里離れて悟りを開いたところで、なんになるの?という感じがするのです。
そんな何やらよく分からないけどすごい人になれたのだとして、それを現実に使えなきゃ意味ないじゃん。
つか、それってものすごく特別を求めているというか、自己満足な感じがして、悟りとはかけ離れてるじゃん。
って思うのです。
現実を『ラクに、楽しく、力強く』生きるために
自分でもとても不思議なのですが、私がお話することは、よく『スピリチュアルなこと』のように思われるみたいです。
ですが、目指してきたのは、どんどん変化していく現実を、よりラクに楽しく、自分を生かしながら、力強くどう乗り越えて生きていくかという、とても現実的なものです。
現実からふわふわと逃げていては、この世に生まれて来た意味がないと思っていますので、生まれてから死ぬまでの間のことだけ精一杯考えればいい。
前世も宇宙人も霊も、そんな現時点で説明や証明がつかないものはたとえあったとしても考慮に入れる必要もなく、この生のみで完結できるように人生はできているのだ、と思っています。
考えていることや体験していることを論理的に説明できるので、超現実的な隊長とも、普通に話ができるのです。
算命学も現実的
さて、さとうと出会ってかねてから算命学について聞くにつけ、私の考えてきたことと共通点が多いなぁと思っていましたが、隊長がここのところお教室作りのために算命学の思想についての本を読んでいて、算命学は身近なことばかりではなく、政治や軍事も含むいわゆる処世術であり、とても現実的なものなのだということが分かってきました。
あー、なるほど、それで共通点が多いのかと。
そして、算命学の思想は、隊長にもとても受け入れやすいようです。
しかしながら、『占い』という、一見非科学的な分野に足を踏み入れることになった隊長と私、未だにとても不思議な感じがしています。
隊長は、よくこう言います。
「オレの人生で、占いに仕事で関わる日がくるとは、想像もしなかった。。。」
私も同様なのですが、人生にはその時には思いもしなかったことが起きてくるものだなぁと、面白く感じています。
そしてそんな状況の中、隊長が言った言葉に、爆笑したのでした。
「オレは占いなんて全く信じないけど、読めば読むほど、オレは占いの通りに生きている。」
2014年03月04日