『人に何かをしてあげるということ』の記事の中で、
・人は誰しも、生きているだけで、勝手に何かの役に立っていることを知っておく。
と書きましたので、これ(勝手に役に立っていること)について書いておこうと思います。
少女との会話がもたらしたもの
ずーっと前(10年くらい)のこと、犬と散歩している時に、障害者の女の子から声を掛けられました。
女の子 「その犬、カワイイね!」
そら 「ありがとう。」
そんな風にして、10分くらい会話をして、「じゃぁね」と別れました。
その途端、私の背中や頭から、ゴーッと凄い勢いで、何かが空に向けて出て行くのを感じました。
そら心の中 『あ、浄化された。』
その時、その子の持つ、強力な浄化能力を知ったのでした。
そして、思いました。
『おそらく、彼女の周りの人たちは、彼女がそんな能力を持っていることに気付いていない。
もしかしたら、厄介者だとか思っているのかも知れない。
でも、近くにいるだけで、ずいぶん助けられているはず。
彼女の様に、誰しも何らかの能力を持っていて、それを知らないうちに発揮しているのかも知れない。』
『それにしても、あんなに強力な力には、今まで出会ったことがないなぁ・・・』
と思っていて、気付いたのです。
彼女の持つ、浄化能力を、余すことなく発揮させている要因が何かということに。
彼女は会話中に、時々、私がビックリするような言葉を発していました。
「その犬いくら?」などと。
その、思った事をそのまま口にする制限のなさを思い出し、
『そうか! 自分に、なにも制限を掛けていないと、能力が勝手に発揮されるんだ!』
と、知ったのでした。
すべての人が 自分の能力を 発揮する世界
『全員が、自分の中にあるストッパーを外し、それぞれの持つ能力(役割)が勝手に発揮されるようになれば、世の中は勝手に上手いこと回っていくんじゃないか・・・
私たちの体は、たくさんの細胞から成り立っているけど、その細胞のひとつひとつは何かをしようなんて、多分思っていない。
自分勝手に、好きなことをやっているだけで、その場所の細胞として機能して、体を維持している・・・
私たちも、地球の細胞のような存在で、全員が自分の能力を存分に発揮できれば、地球は内側から健康になっていくのかも・・・』
こういうアイデアが、私の内側から思い出すように出てくるのです。
(私は、内側から思い出すようにわき出る思いは、本質からのものなので、採用します。)
それまでも、私は、観念の掃除(自分に対する制限が外れる)をしていましたが、それは自分がラクに生きるためであって、そうすることが全体のためになるなんて、考えた事もありませんでした。
『見たい。全員が観念を無くして、十分に能力発揮されるようになった世の中が見たい!(好奇心) そして、そんな世界で生きたい!』
彼女との出会い(と言っても、10分話しただけ)は、私に色々なことを教えてくれ、目標まで持たせてくれたのでした。
彼女には何の意図もありませんし、私がどうなったかを、知りもしません。
でも、明らかに、彼女との出会いによって、私は進む方向が定まったのです。
私がこうして自分が書きたくて書いていることも、私の知らないところで誰かの目に止まり、いずれ何かの形で育っていくのだと思っています。
『私が』誰かに何かを与えようなんて、思う必要なんてなく、勝手にそうなるし、勝手にそうなったものが本質に沿っているので、自然に育っていくと思うのです。
2016年08月25日