ホントにそうなの?

無意識は得た情報を蓄積している

私たちは、テレビやネットなどで情報を得ることが多いですが、テレビやネットで流れてくるニュースには、殺人事件のような、センセーショナルなものが多く、また、一つの事が、繰り返し目に飛び込んできます。

 

それらに触れれば、世の中ではそういう凶悪事件が頻発しているように感じてしまいますが、実際には(犯罪統計によれば)犯罪の数は減っていて、しかも多いのは窃盗などで、凶悪化しているという事実もないようです。

 

どうやら、私たちには、情報に多く触れるほど、その情報を拡大解釈してしまうという傾向があるらしく、たびたび目に触れる情報は頻繁に起きていて、重大であるかのように、ついつい、感じてしまうようです。

 

なので、テレビを見る時間が長いなど、多くそういった不安をあおるような情報に多く触れる人ほど、世の中に対する不安感が大きく、他者に対する不信感も高いのだそうです。

 

また、最近は高齢者の交通事故の話をよく耳にしますが、その時、ある車種がよく事故を起こしているというような話もよく聞きます。

それだけ聞くと、まるで、その車種には事故が多い(なんらかの欠陥がある)かのような捉え方をしてしまいそうになりますが、ちょっと冷静に考えてみると、その車は人気車種で、多く売れているために、事故を起こす絶対数も高くなってしまうのだと考えられます。

 

 

その無意識が行動選択の材料になっている

私たちは、情報から得た、たくさんの思い込みを無意識に持っています。

子供の頃に時代劇で悪代官の悪巧みを目にすれば、金持ちは悪者という思い込みを持ち、赤いシリーズ(なつかしい)などで悲劇のヒロインを見れば、かわいそうな人はステキと思い、大惨事が起きれば、それは排除せねばと短絡的に思ってしまいます。

そんな、無意識にある思い込みが、何か行動を起こすときの判断材料になってしまいます。
(無意識に、金持ちになれるチャンスを避けて、常にかわいそうな立場に置かれることを選んでしまうとか、冷静に考えるとイヤじゃない?)

 

私たちには、もともとそういう、短絡的に思い込んでしまう傾向(能力とも言う)があるんです。

なので、その傾向を意識せずに、思ったまま、感じたままに情報をインプットしていると、けっこう間違った情報を無意識の中に溜め込むことになり、それを元に何かを選択してしまいます。

間違った情報を元に選択をすれば、その選択も間違ったものになることが多いでしょう。

 

自分を検証してみる

何かに対して何となく抱いているイメージは、ホントにそうなんでしょうか。

感情で何かを選択していないでしょうか。

選択の前に、ちゃんと自分の考え方や思いを、検証してみたでしょうか。

 

自分を疑うことは、決して自分を否定することにはなりません。

自分を検証することも、受け入れていくことと同じくらい大事なのではないかなと、私は思っています。

 
 

2019年07月23日

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